新入社員が1年で退社、ホワイト企業が“ゆるいブラック化
一方で多くの会社が、働き方改革で若手社員を大切に扱い、「ホワイト企業」であろうと努めている。そうした職場環境の中で“お客様扱い”が続き、成長につながる負荷の高い仕事に恵まれず、失望して離職していく新入社の実像に迫る。
Yahoo!×DOL共同企画より
入社早々に期待を裏切られた配属先の仕事
「退職を上司に申し出ると、『いくらなんでも早すぎないか』と言って、まさに目が点になっていました。会社の経営はとても安定していて、そう難しくもない与えられた仕事をしていれば、着実に昇給や昇格もしていきます。
しかし、私にとって最も大切なのは、自己の成長です。難易度が高くてストレスフルな仕事でも成長につながるのなら、残業も休日出勤も一向に構いません。勤め先がいわゆるホワイト企業であるかどうかは、私には関心がありませんでした」
こう語るのは、上場会社でもある大手の情報通信会社を今年3月末に、ちょうど入社してから1年で退職した高橋隆次さん(仮名)だ。
高橋さんは、有名国立大学の工学部に進学し、卒業後は大学院に進んで修士課程を修了した。在学中に、IT(情報通信)を活用したDX(デジタルトランスフォーメーション)の展開などでビジネスが進化していくのを見聞きするうち、「ITによるクライアントの課題解決で、新しい価値創造を行っていきたい」と考えるようになり、期待で胸を膨らませながら選んだのが情報通信会社だった。
ところが、その期待は入社早々にしぼんでしまう。一体、高橋さんに何があったのだろう。
配属されたのは、クライアントのシステムを構築する総勢100人強の部署だった。SE(システムエンジニア)職に就いた高橋さんは、プログラム言語やプログラミングなどシステム構築に必要な知識や技術の習得に励んだ。一方で、新入社員としての日常業務が割り振られることになった。
「でも、その大半が事務作業で、会議室の予約や会議の議事録作成を任されました。また、作業でクライアントのサーバーにアクセスする際に、あらかじめ権限の付与を行っておく必要があり、そうした事務的な手続きも私の役目だったのです」
覚悟していた”下働き”も程度の問題
肝心なSEとしての仕事では、完成したシステムが正確に作動するかの検査が割り振られた。実際に始めてみると、そこには厳格なマニュアルがあって、その通りにチェックしていくだけであり、誰でもできるような仕事でしかなかった。
「先のアクセスの権限付与も同じで、やたらと時間がかかり、1日の勤務時間の半分近くを費やすことも度々ありました。そんなとき『自分はこんな仕事をするために入社したのか』と疑問に思い始めました」
学んだSEとしての知識や技術も、実践していかなければ身に付かない。まだ新入社員であるし、いわゆる“下働き”のような仕事も覚悟はしていた。
しかし、それも程度の問題だ。成長を実感できる負荷の高い仕事を与えてもらえず、高橋さんは自分のキャリア形成に不安を募らせていくようになった。
また、クライアントとの接点をほとんど持てず、期待していた仕事内容と大きく食い違っていたことも、高橋さんに大きな失望をもたらした。
「クライアントとのコミュニケーションを密にして、潜在的な課題を引き出したいと思っていました。それなのに、クライアントを交えた会議に出席できるのは、入社10年目以降の役職者に限られます。キャリア形成を考えると、そこまでは待てず、焦燥感ばかりが高まっていきました」
1000人以上の企業でも退職率は7,9%
実は“第二、第三の高橋さん”が少なくないことを示した、信頼のおけるデータが存在する。
2022年10月に厚生労働省が発表した「新規学卒就職者の離職状況(対象:2019年3月卒業者)」によると、大卒の新規就職者の就職後1年目での離職率は、11.8%になっている。
この調査でも中小企業のほうが、早期の離職率が高い傾向にあるのは確かだ。しかし、従業員1000人以上の大企業においても、1年目での離職率は7.9%に達しているのだ。
なぜ、せっかく入社した会社を、それほどまでに急いで辞めてしまうのだろう。
経営・組織コンサルティングや従業員研修を行っている識学が今年4月に発表した、「新卒入社3年未満の若手社員の“働き方に関する調査”」で、興味深い結果が示された。
辞めたい・転職したい理由のトップ5の中に、「成長や昇進の見込みがないから」が27.3%で3位に、「成長につながる仕事や責任ある仕事を任せてもらえないから」が26.1%で4位に食い込んでいるのだ。
日本経済の不安から安定成長から成長志向へ
バブル崩壊やリーマン・ショックの後、若手社員の間に安定志向が強まった時期があったが、いまでは高橋さんのように、自分の「成長」を重要視する傾向が強まっていることが読み取れる。
20代前半の若手社員の親の多くは50代だ。肩たたきで関連会社への出向を強いられたり、出向を免れても役職定年で待遇が悪くなったりしながらも我慢しながら働いている。その様子を目の当たりにして、「力を付けて、会社にしがみつくようなことはしたくない」と考えるようになっているというのだ。
「コロナ禍が収束したとはいえ、日本経済の力強い回復がなかなか期待できそうになく、自分たちの明るい未来を描くことが難しくなっています。それだけに、できるだけ早く成長して力を付けていきたいと思うようになっているのでしょう」と識学の安藤広大社長は分析する。
また、「彼ら若手社員たちの親の働き方の変化も、大きな影響を与えています」と指摘してくれたのが、大手サービス会社の人事部のキャリア担当職に就いている坂上優介さん(仮名)である。
転職先は激務で知られるコンサルティング職
高橋さんの話に戻ろう。見るからに誠実そうな高橋さんが、勤め先の情報通信会社にさっさと見切りをつけてしまったわけではない。希望だったクライアントと接点を持った仕事をしたい旨を、月に1回の上司との面談で何度も伝えた。
でも、上司の答えはいつも「現在のプロジェクトが終わったら、異動を含めて考えるから」の繰り返しであり、それを実現してくれる確証までは得られなかった。
そうこうするうち、昨年の秋口に大きな転機が訪れる。高橋さんのトレーナーに付いてくれていた入社3年目の先輩社員が退職したのだ。
「とても優秀な先輩で、上司からも評価されていました。しかし、自分の能力をフルに発揮しながら成長できるような仕事を与えてもらえず、処遇が改善されないことに強い不満を持っていたのです。その先輩の生きざまに触れたことが、違う会社で成長機会を自ら獲得することの決意を促してくれました」
そして、転職サイトに登録した高橋さんは、今年の2月に有力コンサルティングファームのコンサルタント職の内定を得る。
論理的な現状分析にはじまり、具体的な施策の立案やプレゼンテーションなど、多岐にわたる高いスキルが求められる上に、コンサルタント同士の競争も激しい世界だ。それでも、クライアントとダイレクトに接することに大きな魅力を感じたのが、転職先として選んだ理由だった。
ホワイト企業🟰ゆるいブラック企業の陥穽
先の識学の調査でも、働き方や上司の接し方で「してほしいこと・してもいいこと」を尋ねると、「やりたい仕事であれば、休日出勤などしてもよい」が20.7%でトップになるなど、まさに高橋さんが情報通信会社で望んでいたような、成長につながる答えが顔を連ねている。
極端に過重な仕事を押し付けたり、理不尽な叱責を行ったりするのは論外だが、「ブラック企業」「パワハラ」などと評されるのを恐れて、若手社員への仕事の割り振りや指導を必要以上にためらうケースが少なくない。
一見してホワイト企業のように思えるのだが、識学の安藤社長は「働きたい若者から成長する機会を奪う、『ゆるいブラック企業』に陥っているのです」と指摘する。
前出のサービス会社の坂上さんの会社では、入社2年目以降の社員に「申告制度」を設けている。希望する仕事と違う場合は、上司を飛び越えて人事部に直接申告ができる。人事部は本人の過去の成果や勤務態度などを細かくチェックした上で、希望をかなえることがあるそうだ。若手社員に成長の機会を与える施策の一つといえるだろう。
本来、成長意欲の高い若手社員は会社にとって貴重な財産であるはず。ホワイト企業であることで彼らを大切にしているつもりが、実は彼らから成長する機会を奪い、不満を募らせる結果につながっているのだとしたら、まさに“悲劇”としか言いようがない。
採用や研修コスト、そして1年目の給与・福利厚生を考えただけでも、1人当たり何百万円というお金がかかっている。若手社員にとっても、過ぎた時間を取り戻せないのだから――。